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将軍珈琲

15代徳川将軍が飲んだコーヒーを再現。
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※将軍珈琲の売上の一部は、高松宮妃癌研究基金にあてられます。

将軍珈琲


1867年、15代将軍・慶喜公が飲んだコーヒーを史実に基づき再現。徳川慶朝氏による【将軍珈琲】の焙煎徳川慶喜公はコーヒーを飲んでいた。

徳川慶朝氏による【将軍珈琲】の焙煎(※1


日本国の公式行事に初めて登場したコーヒー (江戸幕末-1867年)

 江戸末期、まだ神戸の港を開く前、日本は欧米列強に神戸開港を迫られた。徳川慶喜公は、欧米公使とまともな外交政策を試み神戸の開港に一役かった。

  慶喜公は新しい欧米の食文化に接し興味を持ち、外交のために外国人使節団をフランス料理やコーヒーでもてなした。一万五千両を使いフランス人のコックを雇い食材調理器具を横浜から取り寄せた。そして、日本国の公式行事に初めて登場することになるコーヒー豆も。

 当時、世界のコーヒーは「モカ-ジャワ時代後期」(ジャワ全盛期)でオランダのコーヒーが世界を席巻していた。

15代将軍・徳川慶喜公
 15代将軍・徳川慶喜公

 

 モカ(※2)とジャワ(※3) が主だったコーヒー産地で、我々の考えるところではインドネシアのアラビカ種コーヒー豆 (※4)が、 オランダ人経由でフランス人によって横浜で買われたものではないかと考えている。

 この頃、既にフランス郵船の定期航路でマルセイユ=上海、上海=横浜があった。
 徳川幕府はパリ万博に 徳川慶喜公の実弟、徳川昭武(とくがわあきたけ)を送り出している。その一行に、近代日本の資本主義の生みの親・渋沢栄一がいて、その時の日記の中にコーヒーを飲んだことの記述がある。

 フランス郵船の船上で書かれた渋沢の日記にはこうある。

『カッフへェー(コーヒー)という豆を煎じたる湯を出す砂糖牛乳を和して之を飲む頗る胸中を爽やかにす』

 おそらく、日本で一番古い「コーヒー = うまい」という文章ではないだろうか。

 そして、慶喜公が飲んだコーヒーはフランス人コックによって作られた「贅沢なカフェオレ」だったと考えられる。


注釈

※1 慶朝氏は徳川慶喜家四代目当主:徳川慶喜公ひ孫にあたる。なお、徳川の【徳】の字は、正式にはつくりの【心】の上に【一】がはいる。
※2 【モカ】は、エチオピア・イエメンの港の名前。モカ港から出る豆は全てモカと呼ばれていた。エチオピア・イエメン産のコーヒー、アラビア圏の豆のこと。
※3 現インドネシア:オランダによる大プランテーション農業の地。
※4 インドネシアで有名なのは、カネフォラ種・品種ロブスター。 1870年代に入ってコーヒーの疫病、サビ病大発生があり、耐性があるロブスターの植裁はそれ以降になる。
  写真提供:徳川慶朝氏(徳川 慶喜 家 現当主) 無断転載使用禁止

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